ニュースの概要
世界保健機関(WHO)は11月6日、COP31の開催に合わせて「Antalya Initiative for Health Resilience(AIR)」を始めると発表した。気候変動が人の健康に与える害を減らすため、各国が持つ科学的な知見や現場の実践例を持ち寄り、病院や保健システムを災害に強くすることを目指す。法的な拘束力はなく、参加は各国の自主的な判断に任される。COP31では、状況に応じて柔軟に動ける医療体制、デジタルヘルス、気候に配慮した医療技術、人道支援の現場での連携などが議題に上がる。保健分野が気候交渉の中心的なテーマとして位置づけられた点が特徴である。
引用元: WHO、気候変動に強い保健医療体制を推進する新イニシアチブを発表(World Health Organization)
分析・見解
拘束力のない枠組みが、あえて選ばれた理由
AIRは、参加国に数値目標を課す仕組みではない。知見と事例を共有する場として設計されている。一見すると弱い枠組みに思える。だが保健の分野では、この形がむしろ現実的である。
医療制度は国ごとに大きく違う。公的保険中心の国もあれば、民間病院が主体の国もある。共通の数値目標を置けば、制度の差で公平さを欠く。そこで、うまくいった実例を持ち寄り、各国が自分の条件に合わせて取り入れる方式が選ばれたと考えられる。
猛暑と洪水が、病院の機能を止めるしくみ
気候災害の怖さは、患者が増えると同時に、病院そのものが動かなくなる点にある。猛暑では熱中症の搬送が急増する。一方で、空調や冷蔵設備の負荷も跳ね上がる。停電が重なれば、ワクチンや血液製剤の保管が危うくなる。
洪水も同じである。浸水すれば電気設備や検査機器が使えなくなり、道路が寸断されれば職員も患者も病院に届かない。2018年の西日本豪雨では、浸水した病院が機能を失い、入院患者の転院搬送に追われた。患者が増える時に、供給側が弱るという二重の打撃が起きる。AIRが「医療体制そのものの強靱化」を掲げる意味はここにある。
デジタルヘルスと環境配慮型の医療技術への期待
議題に挙がるデジタルヘルス(=通信やデータを使った医療)は、災害時の代替手段になりうる。遠隔診療や電子カルテのクラウド保管は、建物が被災しても診療を続ける助けになる。ただし通信と電力が生きていることが前提であり、万能ではない。
気候に配慮した医療技術も重要である。医療分野は、世界の温室効果ガス排出の数%を占めるとされる。麻酔ガスの見直しや、太陽光と蓄電池を備えた病院の整備が各地で進む。災害に強い設備は、結果として排出削減にもつながる。
独自の視点:医療の強靱化は、地域全体の備えの問題である
病院だけを強くしても、地域は守れない。患者の家族、薬局、介護施設、交通網、周辺企業が同時に機能して、はじめて医療は回る。AIRが各国の実践例を重視するのは、地域単位の連携こそが成果を分けると見ているからだろう。保健を単独の分野と見ず、防災や事業継続と一体で考える流れが、今後は強まる。
ビジネスへの影響
医療に頼る前提を、自社の事業継続計画から見直す
企業にとって他人事ではない。猛暑や豪雨で地域の医療が逼迫すれば、従業員の体調不良や出勤困難が重なる。工場や店舗では、熱中症の対策と、近隣の医療機関が受け入れ不能になった場合の代替手段を、事前に決めておく必要がある。
具体的には、従業員の持病や服薬の状況を把握する仕組み、救急搬送先が複数ある前提の連絡網、数日分の飲料水と常備薬の備蓄が出発点になる。
健康経営と防災を、一つの投資として設計する
健康経営と防災は、別々の予算で動くことが多い。だが両者の目的は近い。従業員が倒れず、倒れても事業が止まらない状態をつくることだ。
猛暑時の作業ルール、オフィスの停電時に使える自家発電や蓄電池、在宅勤務に切り替える通信環境は、どれも両方に効く。まず自社拠点の暑さと浸水の危険度をハザードマップで確かめ、投資の優先順位を決めたい。
医療機関や自治体と平時から接点を持つ
災害が起きてから連携先を探しても遅い。地域の医療機関、自治体、同業他社と訓練や情報交換の場を持てば、非常時に動きやすくなる。AIRが示す共有型の発想は、企業の地域連携にもそのまま使える。